内科救急指定病院 医療法人 足利中央病院 栃木県足利市

トピックス

医療とTPP

No.30 2012年 5月

まえがき

国際貿易での相互の便宜を図るために条約ほか取り決め(Agreement)はいろいろなものが取り交わされています。聞きなれたものだけでもおよそ次のようなものがあります。

WTO : World Trade Organization(世界貿易機関);自由貿易を促進するために1955年に発足した加盟国間の貿易交渉の場を提供する、および貿易に関する国際紛争を解決するための国際機関です。

FTA : Free Trade Agreement 自由貿易協定;二国間とEU・NAFTA(北米自由貿易協定)のように地域間の協定もあります。関税撤廃を初め、自由貿易を目指します。

EPA : Economic Partnership Agreement 経済連携協定;FTAよりも包括的な経済領域での連携、取引、協力の促進を図ります。多国間交渉で合意作りに時間がかかるWTOよりも短期成果が期待でき、参加国が増えつつあります。日本はシンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、フィリピンなど12か国と締結済です。

TPPとは

Trans-Pacific Partnershipの頭文字を取ったものですが、正式にはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement 環太平洋戦略的経済連携協定といいます。2006年5月に発効した、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国が締結している自由貿易協定で、自由化レベルが高い包括的な協定です。モノやサービスの貿易自由化だけでなく、政府調達、貿易円滑化、競争政策などの幅広い分野を対象としており、物品の関税は例外なく2015年をめどに完全撤廃を目指しています。TPPはAPEC(アジア太平洋経済協力会議、22か国が参加)の目標を共有し、より広範な自由化を進めることが協定の目的とされ、加盟国の合意によって参加国を拡大できます。

2012年4月の時点で、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの5ヵ国がTPPへの参加意志を表明して9か国で協議しています。日本は参加協議に参加させてもらえるかどうかの入り口にいます。この協定では自由化のレベルが高いので、特定品目(たとえば米)を関税撤廃の例外にできるかということが一つの焦点になっています。関税ゼロは輸出国にとっては相手国への参入を有利にするので、力のある国は協定の利点を利用しようと積極的に参加しようとしています。一方、特定の産業が国の保護政策の下にある国では協定に参加しようにも例外を設けられるかどうか、また、弱い産業(日本では農業)からの参加反対の圧力があります。自動車産業や電機・電子産業の代表は輸出が有利になるので参加に賛成しています。これほど賛否がはっきり分かれた通商自由化の協定は珍しいです。実力があり輸出振興をしている国は特定国の保護を障壁として撤廃させて完全自由化を強力に推進しています。力のある国は発言力が強く、参加協議以前の段階でもアメリカは日本に対して自動車、牛肉、保険の3品目を挙げて牽制しています。米についてはアメリカが日本に例外を認めるかのような報道があります。

ハイテクや半導体戦争と言われた1980年代の米国パワーが再現され始めました。米国支配と圧力の協定になりそうです。韓国はアメリカとFTAを結びTPPには不参加の見込みです。中国は通貨、通商など自国都合の保護が強く不参加です。各国の産業には強弱があり、なんでもかんでも一つのルールで国際取引するのには無理があるでしょう。

医療とTPP

日本がTPPに参加したら医療にどんな影響があるか調べてみました。

  • 医療保険制度(ほかの保険も) : 日本独自の国民皆保険制度は排他的である、自由な保険制度への選択加入を自由にせよ、という外圧を受ける可能性があります。ちなみに、米国ではどの保険(民間会社)の保険に入るか個人の自由選択で、保険料の大幅な価格差と保険カバーの疾病の範囲が異なります。無保険の人が大勢います。病院はどの保険会社に加入している患者か調べてからでないと治療に取り掛かかりません。保険でどこまでカバーされているかということにより施せる治療は決まります。想像を絶する貧富の格差があります。
    安い保険の加入者はかなり限られた医療しか受けられません。政府管理の高齢者保険メディケアと低所得者向けの医療補助メディケイドという最低限度の公的健康保険があります。国民皆保険を提唱したオバマ大統領は富裕層から貧者を扶養するのは嫌だと猛反対を受けています。
    筆者は在米時に一般的な歯科治療を受けたことがありますが、保険会社のカバー範囲外であると全額負担を求められたことがあります。米国では体型がおおむね日本人より大型で、そのまま大人の量を日本人が服用すると効きすぎるという例がありました。
  • 医薬品の認可 : 新しい薬が厚生労働省に認可されるまでの欧米諸国に比べて長い(10年~15年)期間と莫大な費用が掛かると言われています。このことはドラッグ・ラグと言われて、役所が批判されています。海外では安全性が確認されている薬品なのに日本では使えない、海外では薬害が認められて使えないのに日本では使えることがあります。薬の適用疾患が外国と日本で異なるため保険でカバーされないということもあります。日本の役所の慎重さが裏目に出ているのかもしれません。
  • 薬価 : 薬品の価格についても干渉を受ける可能性があります。医療分野に市場原理を導入し、すべてを自由診療(混合診療を含む)にしようという外圧があります。
    医師や看護師の外国人の資格を日本で認めよ、という外圧があります。米国籍の医師は日本の国家試験に合格しないと日本では医療行為はできません。日本の医師は米国で医療行為はできません。EPAに基づきインドネシア、フィリピン、ベトナムの看護師と介護士の国家試験が日本語の障壁のために難しすぎるという例もあります。自国での資格がEPA加入相手国でもそのまま通用するわけではありません。
  • 病院の株式会社化 : この問題は株式会社がその事業に医療を含めることができるか、 病院が株式会社になって医業をできるかという二点に分けられます。株式会社は営利目的の組織です。医療法7条は医療法人は営利を目的とした病院、診療所の開設を使用とするものに対しては開設の許可を与えないことができる、規定しています。これは利益を得てはいけないということではなく、株式会社のように利益を配分してはならないということで、病院が利益をあげて、医療機器や施設の拡充に再投資をして、サービス改善をするのは良いことです。

医療は商品の貿易とことなり、すべての市民が安心して、合理的な費用で受ける命にかかわるサービスです。全部の体系を多国間の統一ルールで動かすのは無理でしょう。医師と医療スタッフが不足している現在、多国間でリソースをシェアすることが最初のステップでしょう。


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